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「意味が分かるのは、後になってからかもしれない」──ある卒塾生からのメールに思う、教育の時間差価値

先日、以前中学生のときに当塾に通っていた卒塾生の保護者様より、一本のご連絡をいただきました。

現在高校3年生になった生徒さんが、再度Educatioでの学習を希望している、という内容でした。

高校3年生の5月という時期は、受験までの残り時間も限られています。

また、当塾では既存生徒との学習設計や、自習室をはじめとする学習環境の維持を最優先にしているため、現状を踏まえ、一度は入塾をお断りさせていただきました。

中途半端な形でお引き受けすることは、かえって本人に対して誠実ではないと考えたためです。

しかしその後、本人から一通のメールが届きました。

そこには、このような言葉が綴られていました。

「Educatioに通っていた当時は、なぜこんなことをしなくてはならないのだろうと不思議に思っていたことがありましたが、高校に入学して大学受験を見据える上で、必要不可欠なことを中学生のうちからやらせていただいていたことに気づき、とても感謝しています。」

教育に携わる立場として、とても深く考えさせられる言葉でした。

教育には「時間差」がある

教育には、「すぐに成果が見えるもの」と、「時間が経ってから意味が分かるもの」の二種類が存在します。

計算のスピードを上げることや、直近の定期テストに向けた暗記などは、比較的短期間で結果が見えやすい分野です。

一方で、

「学び方そのものの習得」
「思考の構造化」
「粘り強い読解力」
「自走する姿勢」

といった土台は、その場ではなかなか価値が可視化されません。

むしろ、中学生という多感な時期においては、日々の地道な思考訓練に対して、

「なぜ、こんな面倒なことをやるのだろう」

と疑問を抱くことの方が自然かもしれません。

しかし、学年が上がり、扱う学習内容の抽象度が上がって初めて、過去に培った「地力」が少しずつ繋がり始めます。

今回いただいたメールは、まさにその教育の「時間差価値」を感じさせてくれるものでした。

「分かりやすさ」の先にあるもの

現在、世の中の多くの教育コンテンツでは、

「すぐに分かる」
「効率が良い」
「最短ルート」

という言葉が飛び交っています。

それ自体が悪いわけではありませんし、目の前のハードルを下げるためには必要なアプローチです。

ただ、その心地よさに浸るあまり、

「考える順序を整えること」
「自分で泥臭く理解を積み上げる力」

といった、長期的に見て重要になる部分が置き去りになってしまうこともあります。

Educatioでは、目先の点数だけではなく、

「大学受験や、その先でも残り続ける力」

を前提に学習を設計しています。

そのため、中学生の段階から、

文章を構造で捉えること、
因果関係を論理的に整理すること、
途中式を省略せずに書くこと、
自分の頭で考えること。

そうした、一見すると派手さのない基礎を、日々愚直に積み上げています。

この地道な繰り返しが、数年後に大きな差となって現れていきます。

環境の価値は、一歩外に出て初めて見える

メールの中には、

「他の塾へ通うことも考えましたが、信頼できる渡邉先生にお願いしたいと思い、連絡させていただきました。」

という、身に余る言葉もありました。

私はこの言葉を、自分自身の指導力が評価されたというよりは、

彼女自身が、一度外の環境に出たからこそ、自分がいた場所を客観的に見つめ直せるようになった――その精神的な成長の表れなのだと受け止めています。

教育環境の価値は、案外、その渦中にいるときには見えにくいものです。

別の場所を経験し、時間が経ち、自分自身を俯瞰して見られるようになったとき、初めて、

「あの時、あの場所で積み上げていたことには意味があった」

と感じることがあります。

教育とは、短距離走の連続ではなく、長い時間の中で少しずつ積み上がっていくものなのだと、改めて感じさせられます。

本当に残るもの

今回、私にとって最も価値があったのは、再入塾の成否そのものではありません。

現在、彼女とは、学習状況や課題を共有しながら、6月に向けて一歩ずつ丁寧に対話を進めています。

それ以上に、

「中学生のときにEducatioで学んだこと」が、高校3年生になった今も彼女を支え、前を向く力になっていた。

その事実そのものが、何より嬉しく感じられました。

教育は、その場限りで完結するものではありません。

本当に大切なものは、時間が経ち、忘れた頃に、静かに形になっていくのだと思います。

最後に

教育には、その瞬間には意味が見えないものがあります。

しかし、時間が経ち、経験が積み重なり、初めて「あの時の意味」が繋がることがあります。

今回のメールを通して、改めて教育とは、

「未来のどこかで繋がるもの」

なのだと感じさせていただきました。

どの塾が良い・悪いという話ではなく、それぞれに合う環境は異なります。

その中でEducatioはこれからも、目先の速度や派手さに惑わされることなく、数年後の未来に長く残り続ける「本物の学び」を、子どもたちと共に丁寧に積み上げていきたいと思います。

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